井口優子のウェブサイト

Yuko Iguchi's Website ジャーナリスト井口優子のウェブサイトです。

最近の記事

  • 【断】安倍氏再チャレンジ使命-再チャレンジができる国づくりを
  • 【断】アメリカの大統領選に思う-安倍首相辞意の日に考えたこと
  • 【断】女性だからこそできたこと-小池百合子防衛相、事務次官を切る
  • 【断】選挙における2つの禁じ手
  • 【断】地方の医師不足のために…
  • 【断】ネット時代の居酒屋論議
  • 【断】コミュニティーテーブル
  • 【断】改憲論議は「義務」を語れ
  • 【断】守るべき日本の精神とは?
  • 【断】卓抜の会見こそ番組に

カテゴリー

  • プロフィール
  • メール・お問い合わせ
  • 書籍
  • 01 政治
  • 03 社会
  • 07 女性
  • 09 食
  • 10 U.S.A. 国際・アメリカ
  • 21 産経新聞【コラム 断】
  • 22 産経新聞【コラム from】
  • 23 産経新聞【書評】
  • 35 料理通信【食の世界の美しき仕事人たち】

【書評】「ラッキーマン」 マイケル・Jフォックス著、入江真佐子訳

【書評】「ラッキーマン」 マイケル・Jフォックス著、入江真佐子訳
2003/01/26, 産経新聞 東京朝刊

 ◆内面豊かになるまでの軌跡

 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズで、世界的超有名人となったマイケル・J・フォックス氏は、ある朝左手の小指の震えに気づいた。北アメリカでは十万人に一人という若年性パーキンソン病の兆候であった。小指の震えは左半身の震えへと進行し、悪化する一方の症状を薬で押さえ込んで、病を隠して俳優を続けること七年。

 現実をみようとしないその期間に真っ先に犠牲になったのは、「信頼」関係であった、と彼は書く。不治の病を抱えた自分が拒絶されることをおそれ、愛する妻や子供の前でも正常をできるだけ装おうとする自分がみじめでつらく、酒に逃げ、安心して症状がだせるのはバスタブの中でだけだった。「長年自分が自由になる場所を求め、その行きつく果てが2・7×14・8メートルの部屋にある水の箱だった」という一文は秀逸である。そしてここから脱出する力を与えてくれたのも家族だった。

 「聡明(そうめい)な」妻のとった態度はアメリカ文化そのものである。彼女は、苦しんでいる夫に彼女の信頼するセラピストの電話番号を渡し、夫が自分からセラピストに救いを求めるまで、じっと見守る。このままでは心まで病になってしまうと、とうとう彼は「降伏の白旗」をあげ、セラピストの電話番号を回す。現在の自分自身をありのままにだせる場を得、おそらく子供時代にまでさかのぼって、自分が何者であるかをみつめなおすプロの手助けを得て、彼はようやく内と外が統合した自分を手にする一歩を踏み出すのである。

 病以前、彼は「自信にあふれ、体も敏捷(びんしょう)に動き、幸せで成功しているように見えても、内心では自分に自信がもてなく、バランスを欠いていた」。が、外からみるとまったく正反対な今、内面は深く豊かになり、その機会を与えてくれた病を「贈り物」と思い、自分を「ラッキーマン(幸運な男)」と心底思えるようになるまでの心の軌跡が、これほど正直に真摯(しんし)に語られるとは、本を読む前、私は想像だにしなかった。(ソフトバンクパブリッシング・一六〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/01/26 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「ジャパニーズ・ベースボール」 W・P・キンセラ著、田中敏訳

【書評】「ジャパニーズ・ベースボール」 W・P・キンセラ著、田中敏訳
2003/02/02, 産経新聞 東京朝刊

 ◆野球小説でくくれない深さ

 キンセラ氏の代表作『シューレス・ジョー』は、ケビン・コスナー主演映画「フィールド・オブ・ドリームス」となり、世界中の人々の感涙を誘った。氏独特の摩訶(まか)不思議な小説空間で語られる、アメリカで生まれた野球への「崇高な愛」は、野球を輸入した日本人の想像の域を超える。一昨年暮れ、キンセラ氏に会った時、氏は「野球をし、野球を観(み)ることは、親から子へと伝えられていく儀式、伝統。野球はアメリカの文化、アメリカ人のアイデンティティーの礎」と熱っぽく語っていた。その熱を理解してこの短編集を読むと、「野球小説」という形容詞ではくくりきれない作品の深さを味わうことができる。また、「実際の僕は現実的でシビアな人間。だから小説の中で夢を物語れる」という作家を、長編とは違った形で楽しむことができる。

 一日本人として興味深く読んだのは、原書でも本のタイトルになっている「ジャパニーズ・ベースボール」である。ドジャースの3Aにいる若手選手が大洋ホエールズにスカウトされ、日本でMVPを取るほどの大活躍をする。そして、アメリカ人が抱く、これぞ日本女性というイメージを体現する球団社長の娘に恋をする。彼女は着物を着て、美しい黒髪は「伝統的な髪型」にまとめられ、いつも微笑(ほほえ)んでいた。一足先に日本にきていた同僚のアメリカ人は、「日本人というのは、すみからすみまで、あらかじめ計画するんだ」と注意を促すが、耳を貸さない。結婚後、父親が隠した事実を彼は知る。

 この作品から浮かび上がる、アメリカ人が抱く日本のイメージはパールハーバーである。原書は三年前の出版だが、大洋ホエールズというから、この作品はそれ以前に書かれた物であろうか。日本を訪れたことのない作者だが、大の大相撲ファンで、作品中でも、「野球よりも純粋なただ一つのスポーツ」とまで称賛している。その作者をしても、日本を舞台に小説を書くとこのような作品になる。現実直視の作家の視線と解釈すべきか。実際、今も日本へのイメージはそう変わってはいない。(DHC・一五〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/02/02 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「ゴーストソルジャーズ」 ハンプトン・サイズ著、山本光伸訳

【書評】「ゴーストソルジャーズ」 ハンプトン・サイズ著、山本光伸訳
2003/05/18, 産経新聞 東京朝刊

 ■単純な善悪二元論ではない

 第二次大戦下のアメリカ兵捕虜救出の実話に基づいたノンフィクションである。全米で七十五万部突破。すでにスピルバーグ監督、トム・クルーズ主演で映画化も決定した。

 一九四五年一月、アメリカ陸軍第六レンジャー大隊の精鋭百二十一人が、フィリピンの日本陸軍カバナツアン捕虜収容所から、五百十三人のアメリカ軍・イギリス軍の捕虜救出に成功した。アメリカ兵捕虜の多くは、日本軍の残虐さを世界に知らしめた「バターン死の行進」の生き残りだった、との粗筋に、ハリウッド映画的単純な善悪二元論のアメリカ賛歌の本かと身構えた。ところが、である。

 日本軍一兵卒がなぜ捕虜を死に追いたてたのか。その考察は日本文化論にまで及ぶ。実際、著者は異国日本を理解すべく、日本で三カ月余の取材も行った。冷徹な視線はアメリカにも向けられる。「バターン死の行進」から、救出されるまでの三年にわたる捕虜生活で相当の同胞を死なせた責任者は、彼らを見捨てたルーズベルト大統領でもあった。スティムソン陸軍長官は「人には死なねばならない時がある」とまで言った。しかも大統領は、空手形の援軍派遣を唱え続け、フィリピン防衛の指揮官マッカーサー将軍は、「病的とも言える楽観主義に溺れて」いた。

 救出後、母国の人々に歓喜をもって迎えられたが、まもなく忘れ去られた元捕虜たち。アメリカ軍戦争史上最大の「敗北の象徴」としての自身を恥とも感じ、見捨てた母国への恨みもあった。その複雑な心中を彼らは黙して語らなかった。著者はそんな彼らと、「英雄」賛辞を拒否し、「ただの任務です」と答え続けた元レンジャー隊員を訪ね歩いた。そして、「敗北」が大きければ大きいほど劇的となる捕虜救出という「勝利」の物語をここに甦らせた。本書最後の謝辞の項にある、「アメリカの人々は決して彼らのことを忘れてはいなかったのだ。そして無論いまでも」という一行に溢れるアメリカへのきらめく誇り。やはりこれはアメリカ賛歌の本であったと最後に知らされ、著者の筆力に脱帽するのである。(光文社・二二〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/05/18 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「落ちてきた時間」 たからしげる著 懐かしく温かい「時」の魔力

【書評】「落ちてきた時間」 たからしげる著 懐かしく温かい「時」の魔力
2003/06/21, 産経新聞 東京朝刊

 私たちは「過去」「現在」「未来」と整合した時の流れを生きている、という前提で日々を過ごしている。しかし、目に見えない「時間」は古今東西の作家の想像力を刺激し、数々の名作を誕生させた。この『落ちてきた時間』も、そんなミステリアスな「時間」を軸にした九つの掌編からなる作品だ。

 最も印象深かった作品は「夏の幻」。小学校六年生の尚美は洗面所で顔を洗っている時、冷たい水の感触に、両親に連れられて海にいった六歳の夏の日をふと思いだす。まだ泳げないのに、一人でも波乗りをしようとして溺(おぼ)れそうになったその時、小学校上級生くらいのお姉ちゃんの手がのびてきて、無事に浜辺に連れて帰ってもらえたあの夏のシーンを。

 どこかでみた顔だが誰だったのだろう。目の前の鏡に映った顔をみて、いまのわたし!と思いあたった彼女の耳に奇妙な鈴の音が聞こえてきた。かすかな悲鳴のようにも聞こえ、いますぐこいと命令しているようなその鈴の音に導かれて、玄関に向かい、ドアをおしあけると、目の前に海が広がっていた。

 磯良一氏による白黒の版画の挿絵が、その一瞬の少女を見事にとらえる。左手でドアをあけた麦わら帽をかぶった少女の後ろ姿。前方にむくむくと広がる不気味な入道雲。しかし少女の後ろ姿は凛(りん)としていて、少しもひるまない。幼い自分を助けるべく、「時」を果敢にワープする。

 一方、主人公の少年たちの作品は趣が違う。突然落ちてきた時間に、知恵を使って元の時間に戻ろうとする者、戸惑いながら身を委(ゆだ)ねる者、逃げ出そうとする者。バラエティーあふれる少年たちを通して、時間の魔力が臨場感あふれて描きだされる。

 読みおわった時、どこか懐かしく温かい、著者の作品世界の魔力にこそとらわれている私がいた。(磯良一画/パロル舎・一五〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/06/21 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「ジェニファーと不思議なカエル」 ブルース・コウヴィル作

【書評】「ジェニファーと不思議なカエル」 ブルース・コウヴィル作
2003/09/20, 産経新聞 東京朝刊

 ■米でヒットも納得の陽気さ

 アメリカで大ヒットしているという、この「マジックショップシリーズ」は現在、『ジェニファーと不思議なカエル』と『ジェレミーとドラゴンの卵』の二冊が翻訳出版されている。三冊目も翻訳中とのこと。

 大ヒット、と聞いても日米の好みが違うこともあるので、あまり期待せず、ページをめくりはじめた。昨今は童話でも現代社会が抱える問題を反映した作品が少なくなく、時にメッセージ色が見えすぎて乗りづらい。といって、異界に誘うファンタジー物にもどうも乗りきれない。世界を覆う現実の影が重過ぎるのか。ところが、読後、即座に友人にメールを送った。「驚いた! 面白い!」

 どちらの作品の主人公も、からかう相手から全速力で逃げ、そしていつのまにか今までみたこともない通りにでる。霧がでてきて、辺りは暗くなる。と、「イライヴズのマジックショップ」と書かれた古ぼけた店が現れ、そこで奇妙なおじいさんに会う。異界への入り口である。ジェニファーはヒキガエルを七十五セントで、ジェレミーは不思議な玉を二十五セントで買わされる。

 言葉を話せるヒキガエルは、忽然(こつぜん)と消えた(じつは、魔法使いによって人間に姿を変えられた)恋人を五百年もかけて探していた。玉はなんとドラゴンの卵だった。

 本当にこんなことが起きるかもしれない、起きたら楽しいというほどに、一つ一つのシーンが生き生きと描かれている。ロマンチックでもある。五百年かけて再会したヒキガエルの恋人たちがキスをするシーンなど、感動的ですらある。9・11前のアメリカがもっていた陽気さがあちらこちらに顔を出し、大ヒットもうなずける。私も難無くこの物語世界に遊んでいた。(金原瑞人訳、茂利勝彦画/講談社・一四〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/09/20 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ」 三浦雅士著

【書評】「村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ」 三浦雅士著
2003/09/28, 産経新聞 東京朝刊

 ■翻訳者が見た“接触の現場”

 昭和五十四年、村上春樹が『風の歌を聴け』で世にでた時、「アメリカの物真似ではないか。こんな作品は(ポップカルチャーのように)すぐに消える」と酷評する年長の作家がいたことをこの本を読んで思い出した。それからおよそ四分の一世紀。予言は完膚無きまでに外れ、作品は文学に、歴史になった。

 それは日本だけの現象ではない。私は平成九年から去年までアメリカに住んだが、『ダンス・ダンス・ダンス』の翻訳が雑誌ニューヨーカーに掲載された時の、川端・三島・大江らを好んで読んでいたアメリカの友人たちの反応を今でも鮮明に覚えている。彼らはこれが日本文学? と戸惑いながらも、なぜか彼らの心に寄り添う物を感じたと語った。その後、何本もの作品が即座にアメリカで翻訳され、人々に受け入れられていく様をアメリカで私自身が目撃した。

 そして、今、著者三浦氏は、村上春樹の体験を、日本文学史上はじめて「アメリカ文学にじかに接着してしまった」と評し、それが何を意味するかを考える。

 もっとも面白かったのは、村上氏の翻訳を手助けすることによって、接触の現場の目撃者となった柴田元幸氏と著者との、四章百十六ページに渡る、一字一句網羅したかのごとき対談録である。本編十章二百八十五ページ中のこの分量である。翻訳の仕事を天職と思う柴田氏は、作品の前に「僕はいないほうがいい」と断言する。その柴田氏が自己の姿をこれだけ現す。三浦氏は「翻訳とは自己実現と自己消滅がつねに平行して起きるメランコリーな一形式ではなかろうか」と言う。その二重奏に耳を傾けると、翻訳こそ人間存在の不可思議さを表現しているようにも思えてくる。

 個人的には、柴田氏がアメリカ文学を通して語るアメリカと、私の経験から知ったアメリカの絵図がパチンと重なりあった時、言葉の持つ力に直に触れた感覚を味わった。私の体験が、言葉を通して、別の人の体験と繋がり、人類の体験になりえることを実感したからだった。(新書館・一八〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/09/28 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「壊れてゆくアメリカ」 ヘザー・マクドナルド著、長縄忠・貝塚泉訳

【書評】「壊れてゆくアメリカ」 ヘザー・マクドナルド著、長縄忠・貝塚泉訳
2003/10/19, 産経新聞 東京朝刊

 ■日本の近未来をも映し出す

 邦題『壊れてゆくアメリカ』は、日本の読者に誤解を招きやすい意訳ではなかろうか。確かに、「自由・平等」という理想が片方に振れすぎたゆえの問題は噴出している。しかし、民主主義という壮大な実験を果敢に行うアメリカでは、現状を改革すべく、政治は主義主張の違う二大政党間を行き来し、システムを変え、時には憲法をも変え、変化の振り子を右に左に激しく揺らしながら、常に前進しようとする。現状の問題点を綿密なリサーチをもって本書が正面から論じるのも、それが振り子を著者が信じる適正な方向に戻すと信じているからで、悲観さは皆無である。

 さて、幕開けはロースクールが舞台である。民主主義の根幹は法治国家であることだが、その未来を担う法曹家を育てる舞台で、人種差別と性差別を根絶せんと、「被害者学」(批判的人種理論とフェミニズム法学)が席巻し、教室は時に白人たたきの場と化し、表現の自由と司法的中立性が脅かされていると、厳しく糾弾する。

 六章では、二十世紀初頭に始まったニューヨークの「歳末助け合い百例」運動を取り上げる。昔は、エリートたちが己を律する自助精神を貧困者にもあてはめていた。努力しても貧困を免れない人にのみ援助の手を差し伸べるべきと。ところが現代は、貧困者は皆平等に扱われなければならないと考えるエリートが増えた。その変化を、過去約九十年のNYタイムズ紙に現れる記事からあぶりだす。

 実はニューヨークの地方紙にすぎないのに、全米の高学歴者の愛読紙であり、多大な影響力を持つリベラルな新聞NYタイムズ紙。その新聞が、リベラルの敵であったジュリアーニ(ニューヨーク)市長(当時)を追い落とさんと、アマドウ・ディアロ発砲事件(四人の白人警官が、非武装の市民に四十一発ぶちこんだ)の真実を歪(ゆが)めて報道したという論を最終章にもってきたのは、著者が保守系シンクタンクの研究員であるせいか。著者の思想的背景を念頭において本書を読むと、アメリカと、ある意味で日本の近未来も見えてくる。(PHP研究所・一六〇〇円)

 評論家 井口優子

2003/10/19 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「リビング・ヒストリー」 H・R・クリントン著、酒井洋子訳

【書評】「リビング・ヒストリー」 H・R・クリントン著、酒井洋子訳
2004/02/08, 産経新聞 東京朝刊

 ■モニカ事件乗り越え政界へ

 「わたしは生まれつきのファーストレディでも上院議員でもない」。ヒラリー・ロダム・クリントン現ニューヨーク州選出上院議員のファーストレディとしての八年間を綴った待望の自伝は、この一文から始まる。

 「アメリカが持つ意味と世界で果たすべき役割をめぐる政治的戦いに参戦した」彼女の壮絶な戦いの山場は、やはり一九九八年のモニカ・ルウィンスキー事件であった。

 手段を選ばず政敵を追い落とさんとして利用されたスキャンダルは、彼女の一挙一動がその私生活だけでなく、アメリカの未来をも破壊する可能性を秘めていた。本文中、いかに傷つき、許すのに長く辛い時間を過ごさなければならなかったかを驚くほど率直に語る。「妻としては、ビルを絞め殺してやりたかった」という個人的感情を抑え、憲法で保証された大統領職の名誉と価値を守る戦いに、ついに立ち上がる。そんな“雄々しさ”に女性層の支持が広がったのを、当時在米していた私も目の当たりにした。

 翌年二月、上院での弾劾裁判で大統領が大差で無罪となった後、彼女自身にニューヨーク州上院議員立候補の声がかかる。賛否両論渦巻き、自身も迷う中、ある日、女性バスケットボール・チームのキャプテンに握手を求めると耳元で囁かれた。「敢えてチャレンジですよ」。この言葉に彼女は衝撃を受けた。なぜ私は尻込みしているのか?

 結婚生活を続けること、上院議員に立候補すること、その二つが人生至難の決意だったと振り返るヒラリーの、ホワイトハウスを去る日がやってくる。スタッフが集まったお別れパーティーの会場に、一九九二年の大統領選のキャンペーンテーマ曲“ドント・ストップ”が流れ、皆がわき立って復唱した。「いつだって目指すのは未来さ」-彼女の政治哲学を一番よく言い表す歌詞だった。

 どん底のモニカ事件から頭(こうべ)をあげて、読者をも高揚感に巻き込むエンディングは、四年後のアメリカ初の女性大統領誕生をも予感させる意志とエネルギーに満ちている。(早川書房・一九〇〇円)

 評論家・井口優子

2004/02/08 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「生命科学者 中村桂子」 大橋由香子著 決断力と実行力のある女性

【書評】「生命科学者 中村桂子」 大橋由香子著 決断力と実行力のある女性
2004/03/13, 産経新聞 東京朝刊

 シリーズ「こんな生きかたがしたい」に登場した女性たちは、『医師・登山家 今井通子』『マンガ家 里中満智子』『フォトジャーナリスト 吉田ルイ子』『国際ボランティア 星野昌子』ほか多彩である。そして今回は『生命科学者 中村桂子』さん。

 この企画は、アメリカの女性たちが、十代の後輩たちの未来を築くお手伝いをしようとするさまざまなボランティア活動を私に思いださせた。二〇〇四年のアメリカとて、女性たちの生きかたや活動を制約せんと頭をおさえつける目にみえない「ガラスの天井」が存在する。そこでひるまず、共闘し、そして後輩たちへの啓蒙活動も行う。さすが女性の権利も自らもぎとったアメリカである。

 アメリカ仕込みのボランティアが盛んになった日本だが、女の子たちへの啓蒙活動は、と見回したとき、この本を手にした。

 DNAの二重らせん構造の美しさと出合って研究者の世界に。大学の同級生と結婚、妊娠。研究と家庭の両立、研究者への適性に悩み、職を辞す。恩師の理解と助力を得て、翻訳などの仕事をしながら子育てに力を注ぎ、科学を生活者の目から見直すという意味ある時間を得て五年。生命科学というまったく新しい概念の研究所設立を手伝えとの誘いを受けて、新しい世界へと帆を張る。

 自分の欲しい物を闘って手にしたアメリカ女性(例えば、民主党副大統領候補に名があがっているヒラリー・ロダム・クリントンさんら)と比べると、当初の読後感は、正直物足りなかった。が、何度か読み直すうちに、最初は読みとばした「『ここぞ』という時は自分で決断して実行する強さを持つ」という一文が徐々に光を放ちはじめ、一見たおやかだが、その実どっこい逞しく生きる日本女性的強さと迫力がじわっじわっと伝わってきた。(理論社・一五〇〇円)

 評論家 井口優子

2004/03/13 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

【書評】「学校犬クロ」 藤岡改造文、瀧川照子絵

【書評】「学校犬クロ」 藤岡改造文、瀧川照子絵
2004/05/10, 産経新聞 東京朝刊

 ■“自由闊達”を象徴する存在に

 平成十年に出版された藤岡改造著『職員会議に出た犬・クロ』は、昨年「さよなら、クロ」のタイトルで映画にもなった。その藤岡氏が、「クロについてはいろいろ書いてきましたが、これが最後というつもりで、クロへの限りない愛をこめて力いっぱい書きました」という本書が出版された。「学校犬」は氏の造語だそうだ。

 長野県松本市出身の藤岡氏が名門、松本深志高校で国語教師として教壇に立っていた昭和三十五年、一匹の黒い犬が学校に迷いこんだ。毛並みの良さから飼い主がいたようだ。クロという名がつき、生徒や職員からもかわいがられ、教室や職員室、校長室にまで自由に出入りするようになる。そのうち宿直の先生と一緒に夜まわりもするようになった。十年後には、職員名簿の最後に「番犬 クロ」と名がのり、二年後の十一月三十日、「粉雪の舞う寒い朝」に息をひきとった。その翌日、講堂に全校の職員・生徒が集まってお別れの会が開かれ、校長が弔辞を述べ、校歌がクロのために歌われた。

 学校犬になって十二年、なぜ、クロがかくも愛されたのか。その核を、著者はおしつけがましくならないよう注意しながら、やんわりと記している。

 明治の初めに建てられたこの学校の初代校長は、「生徒たちに自分のことは自分で行うように教え、こまかいことに口出しせず、生徒の自由にまかせ、何事も自分で判断するように」させた。今で言う自己責任の精神だが、その精神は伝統になり、自由闊達な校風下、生徒はのびのびと過ごし、抑圧感のはけ口としてクロをいじめたり、追い出そうとする者もいなかった。クロは校風を象徴する存在となったのだろう。

 蛇足ながら、私も長野県出身である。松本深志の自由な校風は、生活圏の違う長野市に住む子供時代の私の耳にも届き、あこがれたものである。

 教育の原点がそっと語られている本である。(角川書店・一一五五円)

 評論家 井口優子

2004/05/10 カテゴリー: 23 産経新聞【書評】 | 個別ページ

»