【断】改憲論議は「義務」を語れ
2007/06/12, 産経新聞 東京朝刊
前回(5月29日付)の私のコラム「守るべき日本の精神とは?」に対して、ニューヨークのタイム社発行の「アメリカ憲法」副編集長だった日本人女性(現在はリタイア)から、「アメリカ合衆国の市民権を得るときの苦労よりも、国民の義務こそ強調すべきだったのでは」と、おしかりをうけた。女史はアメリカ人ジャーナリストと結婚し、20代で渡米。ベトナム戦争前の1959年に合衆国市民権を得た。
ベトナム戦争後、徴兵制が停止されるまで、合衆国憲法は市民権獲得時に誓いを要求した。その重要な3つが、(1)徴兵に応じる(2)合衆国・州・市・区の選挙に投票する(3)合衆国・州・市の法廷陪審員の義務を務めること。
当時は、日本人で市民権を得ることは珍しかった。それから約半世紀。憲法条文にある「生命、自由および幸福の追求」に建国のロマンを見、そんな合衆国民のひとりになったことに誇りをもち、同時に日本人である誇りを胸の中でたぎらせ、ニューヨークで生きてきた。
しかし、7月4日の独立記念日が近づくのに、現在のアメリカは建国の精神を失っている、と嘆く。現政権は石油のために他国の人々の生命、自由、幸福を脅かす。国民は、選挙に投票する義務を怠る者が増えた。
女史と憲法の話をしていると、アメリカにとって憲法が国の根幹であることが実感として迫ってくる。日本でもようやく機が熟し、「改憲論争」がかまびすしい。しかし、理想を語るだけでなく、理想を実現するために日本国民が負うべき義務に関しても明確に論議されなければいけない。(評論家・井口優子)