【断】コミュニティーテーブル
2007/06/27, 産経新聞 東京朝刊
サンフランシスコからニューヨークへと回り、この原稿を書いている。
サンフランシスコで児童書のエージェントをしているアメリカ人と会った。サンフランシスコの食の動きを長らく書いてきた私に、最近のレストランの流行は「コミュニティーテーブル」だと彼女は言う。10人は座れる長方形の大テーブルをコミュニティーテーブルと呼び、偶然隣席した見知らぬ人と積極的に会話を楽しむことを目的としてこの席に座るのだと。
西海岸の有力新聞サンフランシスコ・クロニクルの6月6日付にもこの流行を色々な視点から考察する記事が掲載されていた。インターネットによる顔がみえないコミュニケーションの時代が、顔をあわせた温もりを求めさせるのではないか、などなど。このテーブルがある店の名もあげられていたが、その1つ「ノパ」を、私も昨年の開店直後に取材した。この店の目標は「地域(コミュニティー)に根ざしたレストラン」で、大テーブルに限らず、いたるところにその志があふれていた。
それから1年たって、新聞記者はより顕著な社会の動きとしてとらえ、友人はもう一歩踏み込んで考察した。市民一人一人が、自分たちの地域を、ひいては社会を作るのだという姿勢が「コミュニティー」という言葉で表現され、その意識がコミュニティーテーブルに表出されたのだ、と。
ニューヨークでも大テーブルがみられ、ここに26年住む日本人ジャーナリストと一緒に実地検分をし、日米の市民社会の意識の差について語りあった。もし大テーブルに市民社会の意識が表れるとしたなら、日本の居酒屋の長テーブルにも同じ理念をみることができるだろうか。2人の答えは残念ながら「ノー」だった。(評論家・井口優子)