【断】「すごい!」といわれる社会を
2007/04/04, 産経新聞 東京朝刊
乙武洋匡氏がこの4月から区立杉並第4小学校の任期付き教員になる。あらためていうまでもなく、平成10年に出版された『五体不満足』の著者である。「先天性四肢切断」の障害をもって生まれた彼の経験を語った本は約500万部のベストセラーになった。
この本が出版される9年前。ニューヨークにある大学病院で小児科医になるため研修中の女性医師に出会った。彼女はサリドマイド児で、生まれながらに両腕の肘(ひじ)から下がなかった。
アメリカといえどもサリドマイド児が医師になることは容易ではない。なぜならかつては一人前の医師になるための研修制度は、五体満足なものにも過酷な労働環境だったからだ。若い彼らの安い労働力があるからこそ病院が機能していたのである。夜勤の連続でノイローゼ気味になって自殺する者もあり、その労働条件が後に改善されたほどだった。
小児科はまだらくといわれていたが、それでも3日に1回は病院での夜勤があり、一晩中眠れないことは当たり前だった。そこを通り抜けてきた彼女はきりりとして見るからに有能な医師だった。実際、同期の中で最も優秀な医師に選ばれた。
彼女に出会ったとき、アメリカってすごい!と思ったものである。彼女の努力のすごさ。彼女に平等な機会を与え、実力を育てて伸ばす制度を持つ社会のすごさ。その両方にだ。
乙武氏の場合、彼個人の能力がすごいのであって、日本社会の制度が彼を育てたのではない。このことを改めて認識し、障害を持つどんな人にも開かれた社会を作る政治が求められる。(評論家・井口優子)