【断】「自分の幸福」から「他者の幸福」へ
2006/11/25, 産経新聞 東京朝刊
なぜ、この国では子供も大人も死に急ぐのか。ことに、強く生きることを子供に教えるべき重要な立場にある一人、校長職の大人が、いかなる理由であれ自殺をしては、子供に自殺をするなと言っても説得力はない。
しかし、私の高校時代の師は「公立高校の校長といっても、県教委、文科省という上司をもった中間管理職。昨今増加の一途の中間管理職の自殺の側面もあるのではないか」と同情する。
アメリカ型競争社会を日本に持ち込み、アメリカのように「生き方の選択肢のある国を」と前政権はのたまった。が、アメリカ人のおおらかさ、いいかげんさも一緒に輸入しなければ、まじめな日本人は競争社会の重圧に押しつぶされる。
アメリカだと、自分の責任でも、それを逃れようとして知恵を絞る。文字どおり、自分の一部だった仕事を失っても、仕事のない自分を無意味な存在とは考えない。
フィラデルフィアに住む友人の隣人は40代で大企業をリストラされた。が、彼はあわてず、会社勤め中はできなかったゴルフ三昧に2週間を過ごした。そして、おもむろに、今度は自分のペースでできる仕事を探した。多くのミドルクラス(中流)は、女房も働いているので家族を養う責任は分担される。子供の教育費も、親の収入が少なくなれば、子供自身の名前で借金をさせる。親の責任という重圧も、必要とあれば逃れるのである。「自分が幸福でなくて、どうして(家族も含めた)他者を幸福にできるのか」と、幸福になる努力を惜しまない。しかし、そんな大人を見て、子供も自分を大事にすることを学ぶのだ。(評論家・井口優子)