【書評】『海を飛ぶ夢』ラモン・サンペドロ著、轟志津香ほか訳
2005/05/22, 産経新聞 東京朝刊
■宗教や政治の欺瞞を喝破
映画「海を飛ぶ夢」(アレハンドロ・アメナーバル監督)は第七十七回アカデミー賞外国語映画賞を含めて、数々の受賞に輝いた。原作本を書店でみつけて手にとった。在米時代、週に何本も映画をみる習慣がついたが、本来の活字人間は、まず原作を先に読むことにしている。
本はアメナーバル監督の激烈な思いあふれる次の一文で始まっていた。「厳密に言うと、本書は映画『海を飛ぶ夢』の“原作本”ではない。むしろ、それをはるかに越えたものだ」
二十五歳の時に事故で首から下の自由を失った著者は、以後三十年近い歳月を寝たきりで過ごす。肉体が動かない分を補ってそれ以上に、彼の知性と心が活動し、書物や音楽や人々との語らいや想像の世界で生き生きと生きたように他者には見える。が、下(しも)の世話ももちろん家人の手助けを必要とし、愛する人に触れることもできない生を彼は「地獄」と呼ぶ。地獄から自由になるために安楽死を求めてスペインで初めて裁判をおこすが門前払いされる。
思いのたけを手紙形式の文やエッセーや詩に書きためていたが、自由を得るために出版を決意。死を真正面から見据えた者に恐れるものはない。彼を批判するマスコミ人、故ヨハネ・パウロ二世も含めた宗教人、逃げ腰の判事や法務大臣らにあてた筆は、宗教や政治の欺瞞(ぎまん)を喝破し、書く者の一人として思わず襟を正す。肉体の自由はあっても精神の自由がない者にも耳に痛く響くであろう。
この本を読み進むうちにどうしても映画がみたくなり、禁を破って映画館に走った。そしてまた本に戻った。本書は、実は『地獄からの手紙』という原題で一九九六年に発売され、作品の「知性と詩情」に突き動かされた監督が二〇〇四年に映像化した折、監督の序文と著者が家族にあてた「別れの手紙」が最後に加えられて新たに刊行された。著者と監督の二重奏が本の魅力を複眼的にした数少ない作品の一つである。(アーティストハウス・一三〇〇円)
評論家 井口優子