【from】井口優子 ベローナの「蝶々夫人」
2004/09/14, 産経新聞 東京朝刊
イタリアのベローナにあるローマ時代の円形劇場は、夏の二カ月半、野外オペラ劇場となる。
今年の出し物は五作品で、オープニングを飾ったのは、フランコ・ゼッフィレッリ演出、ワダエミ衣装の「蝶々夫人」であった。その舞台を拝見し、翌日ワダさんからお話を伺う機会を得た。
「蝶々夫人」の結末はというと、ピンカートンがアメリカ人妻ケイトとともに、蝶々夫人との間にできた子供を引き取りに日本に戻ってくる。蝶々夫人は自殺し、子供はアメリカへ-。
ところが、ゼッフィレッリ演出の「蝶々夫人」は最初から最後まで、独自の新解釈にあふれていた。ことにラストシーン。蝶々夫人が自殺すると、最初の場面に登場した舞子や芸者たちが霊となって現れ、子供は彼女たちに抱かれてオペラは終わる。
「ピンカートンとケイトの役割に新演出がなされています。子供はアメリカーノとして生きるのではなく、芸者たちの魂に守られて人生を自力で生きる、という演出者の思いがこめられているのです」
欧米人には芸者=プロスティテュート(売春婦)のイメージがいまだ強くあり、蝶々夫人には、生きるために芸者に戻るか、自殺をして自分のプライドを守るかの選択しかなかった。蝶々夫人に限らず、百数十年前の日本女性、いや、ある時期まではヨーロッパでも
、女性が自立して生きる道は限られていたのだ、とゼッフィレッリ氏はワダさんに語ったそうだ。
演出の意図を理解すると、衣装のアイデアが浮かんでくる。この場面では最初に登場した舞子と分かるように、着物の上に絹のオーガンディの衣装を重ね着させた。どの衣装にもワダさんの才能がきらめく。拍手喝采(かっさい)の中、氏と舞台に立った彼女自身が、蝶々夫人とは違う新しい女性の生き方を体現していた。
そして、少々うがってみると、現在のヨーロッパのアメリカ嫌いの空気が、大胆な新解釈に拍手を送る一要因ともなっていたのか。(いぐち・ゆうこ=ジャーナリスト)