【from】井口優子 割れるアメリカ
2004/08/01, 産経新聞 東京朝刊
サンフランシスコで一人の元海兵隊員に出会った。予備兵だった彼は、イラク開戦直後に招集され、半年間イラク前線で情報収集のために働き、無事に戻ってきた。このお勤めで、めでたくアメリカ海兵隊との契約を終了した。
両親はニカラグア出身。自身はアメリカ生まれの彼は、本物の中南米料理を提供しようと、しゃれたレストランを妻(白人)とオープンした矢先に招集がかかった。
なぜ、海兵隊員になったのか。「十八歳で家から独立でき、技術を身につけられ、アメリカの歴史をつくってきた偉大なグループの一員になれる。この三つが一気に実現できるなんて、他の職業ではありえない」。もちろん彼はブッシュ大統領を支持し、イラク戦争の大義が混沌とした状況下で戦わなければならなくなった他の海兵隊員らに同情を寄せた。
が、妻は「もし大学を両親の経済的支援によって卒業できたなら海兵隊に入隊したかしら。もし、大学でいろいろなことを学んだ後に入隊したなら、そこまで海兵隊のプロパガンダに染まったかしら」。医者を父親に持つ妻は、夫より豊かな家庭出身である。アンチ・ブッシュ、アンチ・イラク戦争と、夫と立場を全く逆にする。
イラクで何を学んだのか。彼はしばし考え、「自分が何者であるかをつきつけられた」。大岡昇平の小説「野火」の一シーンが浮かんだ。戦争現場を見たことがない私は、小説や映画を頼りに彼の言葉の意味を探るしかない。
談論は深夜まで続いた。別れ際、彼は「あなたは何度も愛国心について尋ねたが、おかしいことを聞くなーとずっと思ってたんだ。国を愛することは当たり前のことで語る必要もない。ニカラグアを訪ねると、アメリカがいかにいい国かがよく分かる。僕はアメリカの歴史をつくってきた海兵隊の一員であったことを誇りに思っている」。妻はただ肩をすくめた。
一組の夫婦に、割れるアメリカが凝縮されていた。
(いぐち・ゆうこ=ジャーナリスト)