【from】井口優子 危うし国民皆保険
2004/01/26, 産経新聞 東京朝刊
「国民皆保険は、日本国民の財産」。アメリカに十三年住んだ後に、日本社会を見回して思うことのひとつである。残念なことに、国民はこの制度がいかにありがたいものかに気づいていないのではないか。ここ数カ月、日本のがん治療の現場を取材する機会を得たが、医師たちも同じ懸念をもっていることを知らされた。
アメリカの大学病院の研究室に三年間留学した医師は、「一度、日本の皆さんにアメリカに住んでアメリカ型民間保険制度を体験していただきましょう。日本の保険制度がいかにありがたいものかが分かるでしょう」。彼のジョークに笑い、アメリカ滞在中の経験を述べ合った。
「滞米中、風邪で病院に行ったことなどないですよ」と私。かかりつけの家庭医でも、「肺炎!?」と大騒ぎしない限り予約は時に数カ月先で、待っている間に風邪は治ってしまう。予約なしで診てもらう場合はER(緊急救命室)に行くしかない。そこではアメリカのテレビドラマのように、交通事故など急を要する患者が優先されるので、ただの風邪では延々と待たされ、その間によけい熱が出る。
日本では、国民はむやみに医者に行く。一方、医者はウイルスで生じる風邪では通常、効果のない抗生物質を処方する傾向がある。科学的根拠のない医療を続けるのは、医者の勉強不足である。患者も、またもむやみに薬を所望し、保険制度の累積赤字を増やす協力者となっている。
国民一人一人が医療費の無駄を抑え、国民の財産の皆保険制度を守ろうという姿勢が必要なことはいうまでもない。
このままでは近い将来、アメリカ型民間保険制度がなんらかの形で導入されるのではないかと危惧している。民間保険制度に対応して患者ではなく、「コンシューマー(消費者)」という言葉を使う医師もアメリカでは増えてきた。「医師は病気だけをみて患者を人間としてみない」とはよく聞く批判の言葉だが、では「消費者」としてみられるのはいかがでしょうか。
(いぐち・ゆうこ=ジャーナリスト)