【from】井口優子 母国への愛
2003/12/21, 産経新聞 東京朝刊
十月にシアトルを訪ねたとき、アメリカ人夫婦にお茶に招かれた。夫は外科医、妻も医療従事者である。大の野球ファンで、前回はイチロー選手の芸術的にまで高められた技の話に終始したが、今年はすぐにイラク戦争に話題が移った。五十代前半の彼らは、ベトナム戦争がアメリカにもたらした傷を若いときに体験した世代である。
先制攻撃理論で始めたイラク戦争によって、アメリカが世界の嫌われ者になってしまったことが非常に残念だ、と妻は語り始め、私に、(日本に住む)日本人はアメリカのことをどう思っているのかと尋ねてきた。真珠湾攻撃という先制攻撃をしかけた歴史を持つ日本人ならではのアメリカへの理解を期待しての質問か。あるいは真珠湾攻撃の被害者という立場を強調する傾向のあった彼らが、しかけた側の心情を初めて理解しようという気になったのか、と深読みさせる真摯(しんし)さがあった。
「『イラク国内に隠された武器が、新たなテロを起こす可能性が大きい』という政府の言葉を去年は信用した。しかし、今や政府を信じることはむずかしくなった。ベトナム戦争の再現ではないかと危惧(きぐ)する」と語る彼らには怒りよりも深い悲しみが漂う。
リベラルな彼らはゴア大統領候補に票を入れ、前回の選挙結果に大いなる疑問もある。「もしゴアが当選していたなら世界は全く違った様相を見せていたでしょう。でも、ブッシュ政権の功績があったとしたなら、アメリカとはいかなる国であるべきか、政府の役割とは何であるのかを改めて考える機会を国民に与えてくれたことかもしれない」と妻は冷静に語る。
夫は「それでも僕は、『民主主義をイラクに根づかせることがアメリカの、ひいては世界の平和につながる』という政府の言葉に真実はあった、という気持ちを捨て去ることができない」と語る。
アメリカ型民主主義ではないか、という批判も承知した氏の言葉には、恋愛感情のような切ないまでのアメリカへの愛があった。
(いぐち・ゆうこ=ジャーナリスト)