【書評】「壊れてゆくアメリカ」 ヘザー・マクドナルド著、長縄忠・貝塚泉訳
2003/10/19, 産経新聞 東京朝刊
■日本の近未来をも映し出す
邦題『壊れてゆくアメリカ』は、日本の読者に誤解を招きやすい意訳ではなかろうか。確かに、「自由・平等」という理想が片方に振れすぎたゆえの問題は噴出している。しかし、民主主義という壮大な実験を果敢に行うアメリカでは、現状を改革すべく、政治は主義主張の違う二大政党間を行き来し、システムを変え、時には憲法をも変え、変化の振り子を右に左に激しく揺らしながら、常に前進しようとする。現状の問題点を綿密なリサーチをもって本書が正面から論じるのも、それが振り子を著者が信じる適正な方向に戻すと信じているからで、悲観さは皆無である。
さて、幕開けはロースクールが舞台である。民主主義の根幹は法治国家であることだが、その未来を担う法曹家を育てる舞台で、人種差別と性差別を根絶せんと、「被害者学」(批判的人種理論とフェミニズム法学)が席巻し、教室は時に白人たたきの場と化し、表現の自由と司法的中立性が脅かされていると、厳しく糾弾する。
六章では、二十世紀初頭に始まったニューヨークの「歳末助け合い百例」運動を取り上げる。昔は、エリートたちが己を律する自助精神を貧困者にもあてはめていた。努力しても貧困を免れない人にのみ援助の手を差し伸べるべきと。ところが現代は、貧困者は皆平等に扱われなければならないと考えるエリートが増えた。その変化を、過去約九十年のNYタイムズ紙に現れる記事からあぶりだす。
実はニューヨークの地方紙にすぎないのに、全米の高学歴者の愛読紙であり、多大な影響力を持つリベラルな新聞NYタイムズ紙。その新聞が、リベラルの敵であったジュリアーニ(ニューヨーク)市長(当時)を追い落とさんと、アマドウ・ディアロ発砲事件(四人の白人警官が、非武装の市民に四十一発ぶちこんだ)の真実を歪(ゆが)めて報道したという論を最終章にもってきたのは、著者が保守系シンクタンクの研究員であるせいか。著者の思想的背景を念頭において本書を読むと、アメリカと、ある意味で日本の近未来も見えてくる。(PHP研究所・一六〇〇円)
評論家 井口優子