【書評】「落ちてきた時間」 たからしげる著 懐かしく温かい「時」の魔力
2003/06/21, 産経新聞 東京朝刊
私たちは「過去」「現在」「未来」と整合した時の流れを生きている、という前提で日々を過ごしている。しかし、目に見えない「時間」は古今東西の作家の想像力を刺激し、数々の名作を誕生させた。この『落ちてきた時間』も、そんなミステリアスな「時間」を軸にした九つの掌編からなる作品だ。
最も印象深かった作品は「夏の幻」。小学校六年生の尚美は洗面所で顔を洗っている時、冷たい水の感触に、両親に連れられて海にいった六歳の夏の日をふと思いだす。まだ泳げないのに、一人でも波乗りをしようとして溺(おぼ)れそうになったその時、小学校上級生くらいのお姉ちゃんの手がのびてきて、無事に浜辺に連れて帰ってもらえたあの夏のシーンを。
どこかでみた顔だが誰だったのだろう。目の前の鏡に映った顔をみて、いまのわたし!と思いあたった彼女の耳に奇妙な鈴の音が聞こえてきた。かすかな悲鳴のようにも聞こえ、いますぐこいと命令しているようなその鈴の音に導かれて、玄関に向かい、ドアをおしあけると、目の前に海が広がっていた。
磯良一氏による白黒の版画の挿絵が、その一瞬の少女を見事にとらえる。左手でドアをあけた麦わら帽をかぶった少女の後ろ姿。前方にむくむくと広がる不気味な入道雲。しかし少女の後ろ姿は凛(りん)としていて、少しもひるまない。幼い自分を助けるべく、「時」を果敢にワープする。
一方、主人公の少年たちの作品は趣が違う。突然落ちてきた時間に、知恵を使って元の時間に戻ろうとする者、戸惑いながら身を委(ゆだ)ねる者、逃げ出そうとする者。バラエティーあふれる少年たちを通して、時間の魔力が臨場感あふれて描きだされる。
読みおわった時、どこか懐かしく温かい、著者の作品世界の魔力にこそとらわれている私がいた。(磯良一画/パロル舎・一五〇〇円)
評論家 井口優子