【from】井口優子 新薬「イレッサ」
2003/06/28, 産経新聞 東京朝刊
去年の十一月、カリフォルニア州立サンフランシスコ医学校(UCSF)主催による第一回国際肺がん会議が北京市内のホテルで行われた。会議のディレクターを務めていた外科医ジャブロン医師が、アメリカのがん治療最前線の取材をしていた私もこの会議に誘ってくれた。四十代半ばの行動力と知力が備わったやり手であるが、それを嫌みに感じさせないユーモアとオープンさが、アメリカの良さを感じさせる。
日本人医師三人も含めた世界の第一線の医師が講演者として招待されていた。医療におけるアメリカの力について尋ねる私に、アメリカ人医師は皆、「日本の新薬開発への積極性と実行力も高く評価する」と言う。イギリスで開発され、日本が世界に先駆けて認可した肺がん治療薬「イレッサ」のことである。新薬認可のための臨床試験を行うには、総合的な実力が必要とされる。この分野でもアメリカの実力が他国を圧倒し、日本もアメリカでの臨床試験の結果待ちという他力本願であった。しかし、有事のみならず、医療分野でもアメリカまかせでは、国民の命と健康は守れない。この連鎖を断ち切り、自立をしようとしたのがイレッサ世界初認可の側面といえる。関係者のそんな夢に引かれ、取材の舞台を日本に移した。
ところが、ご存じのようにイレッサの副作用で重篤の肺障害を起こして死亡する患者が続出し、全国紙の一面にも大きくとりあげられる社会問題となった。その後、取材で会った日本の医師の誰もが「イレッサ問題での対処の仕方は、責任の所在を追及するだけで、非常に日本的だった」と残念がる。この試みにどんな意味があったのか、患者はどんな恩恵を得られたのかという考察が当初全くなかったと。「トライには必ずリスクが伴う。新薬開発では時に命を代償とするが、そのリスクを今まではアメリカに負わせてきたのだ。しかし、アメリカ社会には負の結果からも学ぶという姿勢がある」と言う日本の医師たちの言葉は熱い。(いぐち・ゆうこ=国際ジャーナリスト)