【from】井口優子 アメリカ人であること
2003/04/26, 産経新聞 東京朝刊
「自分の国にあれほど誇りを持てるアメリカ人がうらやましい」
アメリカ人男性と結婚している日本人の友人と会うと、この台詞(せりふ)で会話が終わるのが常となった。
ニューヨークで働いていた彼女が、アイビーリーグ大学出身のアメリカ人と結婚したのは五年前。現在二人とも東京に住む。お世辞抜きで仲の良い夫婦であった。ところが、イラク戦争開戦間近のころから、二人はよく口げんかをするようになった。原因は彼のアメリカへの熱き「愛国心」だった。彼女は、「日本への愛国心? そんなものないわよ」と言い放つ。
彼は滔々(とうとう)と語る。「政府に対しては批判的な目を持たないといけない。しかし、国に対しては感謝の念で一杯だ。僕が今こうやって存在すること自体が国のおかげだ。国の存在が脅かされる時、国民が立ち上がって戦うのは当たり前だ。正直、今回の戦争には僕も疑問を持つ。が、一度戦争が始まったなら、戦場で命をかける兵士に敬意を払い、一刻も早い勝利を願う。早期勝利は相手国の無辜(むこ)の命も救うことだ。大体、どうして君が愛国心を持てないのか、そのほうが理解できないね」
なぜかと改めて友人は自問し、かつて小・中・高校の教師に「戦争中日本はこれだけひどいことをした」ととことん聞かされ、「愛国心? そんな者は右翼だ」と言われたことが大きいのでは、と言う。
しかし、アメリカ人に言い負かされたままでは口惜しい。「自分がいつも正しいと思っていられる傲慢(ごうまん)なアメリカ人に私もなりたいわ!」と友人が反論すると「強いということは、責任と義務も付随してくるんだ」とピシリと言われてグーの音もでない。
テレビに映し出されたアメリカ兵の顔を見るたびに私も思った。自由と平等の理念を追求するアメリカの国民になることを選んだ人々が、またその子孫が持つ覚悟は生半可なものではないであろうと。「アメリカ人であること」はまこと大変なことである。(いぐち・ゆうこ=国際ジャーナリスト)